ア卜ピー性皮膚炎治療における
患者・医師間コミュニケーションを考える
患者満足度の向上に向けた新発想の患者レター・プロジェク卜とは
アトピー性皮膚炎は、増悪と寛解を繰り返し、症状が遷延化すれば患者のQOLや社会生活に支障をきたすことが少なくない。治療継続には患者・医師間の信頼関係の構築が重要とされているが、現状は、患者1人あたりの診療時聞が限られているなどの課題も多い。本座談会では、患者・医師間コミュニケーションの現状と課題、その改善のための工夫などについて、患者さんと2人の専門医の先生に話し合っていただいた。
古江増隆 氏
九州大学医学部
皮膚科学教室 教授
丸山恵理 氏
認定NPO法人日本アレルギ一友の会
事務局長
加藤則人 氏
京都府立医科大学大学院医学研究科
皮膚科学 教授
はじめに
―アトピー性皮膚炎(AD)は、皮膚科を受診する疾患で2番目に多いといわれる頻度の高い疾患で、とくに最近は成人AD患者の増加が指摘されています。ADの治療は長期に及ぶことが多く、患者・医師間の信頼関係の構築が極めて重要です。今回の座談会では、患者さんの代表として、日本アレルギー友の会の丸山さん、そして専門医の古江、加藤両先生にご出席いただき、患者・医師間コミュニケーションの課題、患者さんの満足度を上げるコミュニケーションの工夫などについて、お話を伺ってまいりたいと思います。
AD治療に対する患者の満足度
―古江先生は、AD治療に対する患者さんの満足度の調査を行っておられますね。
古江:
少し前にインターネットによるアンケート調査を行いましたが、患者さんの満足度は極めて低いのが実情ですね。やはり、診察時間が限られていて、それぞれの患者さんがどんなことに困っているかまで、頭が回らないということがあると思います。
丸山:
私は、日本アレルギー友の会で電話相談などに携わっていますが、よく聞く不満は、お医者さんに行ってもステロイド外用薬を処方してくれるだけで、塗ってもどうせADは治らないというあきらめの気持ちですね。それで、インターネットなどでステロイドはよくないといった情報をみつけ、使わない方がよいのかと迷っている人が今なお少なくないのが現状です。
加藤:
診療の初めに、治療の目標を示さないまま薬だけ出すと、いつまで薬を塗ればいいか分からず、そのうちにいやになってしまうということがあると思います。ですから、ADの病気の仕組みや治療法について具体的に説明した上で、例えば、かゆみがゼロになるまで、皮膚がきれいなるまで、あるいはどのような皮膚の状態になるまで塗るというように、再診までの具体的な治療の目標をしっかり設定することが大切だと思います。
患者・医師間コミュニケーションが不足
丸山:
患者の不満は、やはり先生とのコミュニケーション不足に原因があると思います。先生はパソコンばかりみて、皮膚をみてくれないとか、忙しい先生に、症状のこと以外で、自分の困っていることまでなかなか言えないというのが実情です。
古江:
逆に、患者さんのほうも、なかなか指示通りに薬を塗ってくれないことがあります。それは薬を塗っても思うように改善しない、あるいは先生にここが聞きたかったのに聞けなかったというある種の幻滅や失望感のようなものがあるのかも知れませんね。
丸山:
患者にとって、かゆみで眠れないことも大変ですし、外見が悪くなることで劣等感も出てきますので、対人関係や仕事など、自分の人生全体に自信がなくなってしまうのですね。ですから、しっかり治療すれば、そうした問題も解決に向かうという、薬を塗る意義を患者が理解できるようきちんと説明していただくことが大切だと思います。
加藤:
ステロイドやタクロリムスなどの抗炎症外用薬を用いることは、単にかゆみをとる、皮膚の見た目をよくすることに加えて、炎症を抑え、皮膚の炎症によってかゆみや皮膚のバリア障害がますます悪化するのを防ぐ意味があります。ですから、抗炎症外用薬などの薬物療法をしっかり行うことは、長期的によい状態を維持するために大変重要なことです。
患者と医師の共通の治療目標
―先ほど、治療目標の設定のお話がありましたが、患者さんと先生の共通の治療目標としてどのようなことが考えられますか。
加藤:
短期的な治療目標としては、かゆみのために眠れない状況から脱するなど、1~2週間以内に達成することができる目標を設定します。その目標が達成できれば、頑張ったことをほめ、ねぎらいます。次に、薬を塗っていれば普段の生活に問題がない状況を1か月後に設定します。それが達成されれば塗る回数を減らしながら、最終的に薬のいらない状態、つまり治療の最終的なゴールを目指します。いずれも、目標が達成できたら、その努力をほめ、ねぎらうことが患者さんのモチベーション維持の上で非常に大切です。
古江:
患者さんが長期的に症状をよくしていこうという気持ちを維持していることが大切ですね。モチベーションが下がってきたら、もう一度最初の説明を繰り返し、患者さんにも薬の塗布や生活の状況を振り返っていただいて、患者さん自身が病状をコントロールできる状況を作ることが大切だと考えています。
丸山:
私もそうですが、ステロイド外用薬を1週間程度正しく塗ると、ひどい炎症はまずとれるのですね。薬をきちんと塗ればよくなるという成功体験を積み上げていくことが大切だと思います。
ADの症状に伴う日常生活での患者の悩み
―限られた診察時間のなかで、先生方が患者さんの悩みを吸い上げるためにどんな工夫をなさっているかお聞かせいただけますか。
古江:
これは難しいですね。医師としては、処方薬とか処方量をどうするかで頭の中がいっぱいで、患者さんが具体的に何に困っているかは、患者さんからのアプローチがなければほとんど聞くことがないのが現状だと思います。患者さんがこの薬をどれくらいほしいなどと、紙にでも書いて見せてくれると、処方の計算の時間も短縮でき、残りの時間で患者さんの悩みも聞けます。工夫といえば、そんなところです。
加藤:
大学病院では問診票を使っています。どういうことに困っているか、治療についての希望などを自由に記載できる欄もありますので、それを見ながら診察していくと、比較的効率よく患者さんの希望や悩みを把握できるのではないかと思っています。
丸山:
きょうこそはこんなことを聞いてみようと思っても、先生の前に出ると緊張して何も言えなかったり、日常生活で困っていることなどどうせ先生に相談しても解決にはつながらないと考え、何も伝えていなかったりする患者が大多数だと思います。
「そらいろレター・プロジェクト」とは
―この度、「そらいろレター・プロジェクト」という、AD患者さんと先生の間のコミュニケーションを支援するWeb上のコンテンツが開設されました。古江先生、加藤先生と日本アレルギー友の会の企画・監修によるサイトで、(図1)がその画面です。
丸山:
これは、学校生活、仕事、対人関係など、AD患者が生活の様々な場面で出会う問題点をあげ、それをチェックしてプリントアウトあるいはスマホの画面に表示することで、自分の悩みや希望を整理して先生に示すことができるツールです(図2)。その問題点も、患者さんが「こんなことは先生に話すことではない」と思い込んでいるような内容も盛り込んでいます。また、その問題に関連して、近い将来困りそうなことを100字以内で具体的に記入できる欄も設けています。この1画面あるいはプリントアウト1枚さえ患者さんが持ってきてくれれば、先生方にとっても診察時間を増やすことなく患者さんの状態や悩みを把握できるツールになると思います。
それから、先ほど、先生が皮膚をみてくれないというお話をしましたが、患者さんが自分から服を脱いで皮膚を見せることも少ないですね。そこでこのツールでは、かゆみの強さと場所・範囲を記入して先生に示すことができる「かゆメモリー」というコンテンツ(図3)も用意していて、患者さんの現在の皮膚症状が一目で分かるようになっています。
図1 「そらいろレター・プロジェクト」の導入画面
図2 生活上の問題点をチェックまたは記入
図3 かゆみの強さと範囲を記入する「かゆメモリー」
加藤:
例えばお尻など、普段見ないような場所に皮疹がある場合、このように患者さんが書いてくれると助かりますね。とくに症状の強いところが大切ですが、患者さんが強いと思っていないところでも、我々からみると強い炎症だという乖離があるかも知れません。そういうところにしっかり薬を塗ってもらえば、治療の改善にもつながると思います。
古江:
これを見て、皮膚を見ないわけにはいきませんね。皮膚を見るよいきっかけになると思います。症状の程度が一目で分かり、診察時間の短縮にもつながると思います。
「そらいろレター・プロジェクト」に期待するもの
丸山:
このツールで先生が自分の悩みを理解し、一緒に考えてくれると思うと、先生を信頼して治療してみようという積極的な気持ちになれるのではないかと思います。
古江:
このツールによって今まで思いもしなかった悩みを患者さんが持っていることを自覚できれば、それに何らかの対応ができていくと思うのです。診療に厚みができるし、非常に温かみのある診療ができるのではないかと思っています。
加藤:
慢性疾患の治療では、患者さんとの信頼関係を構築して二人三脚でゴールを目指していくことが基本です。患者さんが本当に何に困っているかが分かれば、その悩みを受容し、共感して、一緒に解決を目指す二人三脚が実現できると思うのです。
古江:
これまでの診療では、医師の視点と患者さんの視点が溶け合う機会がありませんでした。「そらいろレター」はその両者の視点を融合させる可能性を持っていると思います。
気持ちの通った診療が可能になり、患者さんの満足度、したがってまた医師の満足度も向上することが期待できます。これはおそらく初めての取り組みで、改良の余地もいろいろあると思いますが、これが成功裏に運ぶことで、ADのみならず、慢性皮膚疾患治療における患者・医師間コミュニケーションが進展・深化していくことを期待しています。
MAT-JP-2008533-1.0-12/2020